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小笠原一生 日本体育協会公認 アスレティックトレーナー
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| 生い立ち | |
| 1979 | 広島県呉市に生まれる |
| 1994 | 呉市立片山中学校 卒 |
| 1997 | 広島県立呉宮原高等学校 卒 |
| 1998 | 筑波大学体育専門学群 入学 |
| 1999 | 7月 ハンドボールの試合中に1度目のACL損傷 |
| 10月 再建手術をうける | |
| 2000 | 4月 競技復帰 |
| 5月 2度目のACL断裂 | |
| 11月 再々建術をうける | |
| 2001 | 8月 競技復帰 |
| 2002 | 筑波大学体育専門学群 卒 |
| 2002 | 筑波大学大学院修士過程スポーツ健康科学 入学 |
| 2005 | 筑波大学大学院修士課程スポーツ健康科学 修了 |
| 2005 | 独立行政法人 産業技術総合研究所 人間福祉医工学研究部門 |
| 2月 なんと3度目のACL損傷 | |
| 2006 | 国立スポーツ科学センター スポーツ情報研究部 研究員 |
| 及び、筑波大学大学院人間総合科学研究科 | |
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将来の夢 1999年
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日の丸をつけてハンドボールをやっている人たちに囲まれて、どうにかしてその人たちに近づこうともがいた結果、僕は大きな二つのものを手に入れた。ひとつは2回のACL損傷。もうひとつはアスリートとしての”感覚”。
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恩師との出会い
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この人がいなければ、今の自分はいないなぁと思える人が何人かいて、その中の一人に松浦先生がいる。僕をなんとなくはじめたハンドボールに夢中にさせた張本人である。 中学2年で松浦先生と出会ってから、先生から教えてもらうハンドボールが当時の自分にとってすばらしく新鮮で、本気でこの人と同じ道を歩きたいと思った。先生の話は主に学生のときの厳しいハンドボール生活で、いろんな苦労話や失敗談を山のように聞かせてくれた。 先生と同じくらいに苦労して、先生と同じくらいにハンドボールに精通して、いつの日か、「ここまでの男になりました」と報告に行きたいと思う。 |